昔の事・今の事

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「さよなら李香蘭」の事①(1989)

 

「天安門事件」がらみのニュースが流れていた、今年(2014年)の6月4日で天安門事件から25年だそうだ。

あれから25年ね・・・と感慨にふけってしまう・・・。

 そんな天安門事件の前、中国各地で民主化のデモなどが行われていた頃、フジテレビの「さよなら李香蘭」のスタッフは上海にいたと思う。

 連続ドラマ以外で、長いドラマの助監督をやった事は何度かあるけど、その中でも一番長く関わっていたのはフジテレビの「さよなら李香蘭」という5時間ドラマだった

中止になったり、中断したりで、準備期間を含めると1年以上関わっていたと思う。

「天安門事件」がらみで思い出した「さよなら李香蘭」の事を書いておこうと思う。

25年もたったんだから、もう書いてもいい事もあると思う。

 

 フジテレビ開局30周年記念番組「さよなら李香蘭」、原作は山口淑子・藤原作弥共著の「李香蘭 私の半生」、沢口靖子主演。

 このドラマの、最初の準備期間についての資料はない、記憶をたどると1987年の終り頃だったのだろう、どういう経緯でフジテレビに呼ばれたのか記憶はないが、フジテレビの局制作、監督は和田勉、という事で準備に入った。

サード助監督という役回りであった。

和田勉監督は、当時NHKを辞め、タレントとしてテレビに出まくっていた頃だった。

 スタッフルームで会う勉さんも、同じように豪快な人であったが、ちょっとここでは書けない(25年たってもねえ)演出部と監督の問題があり、監督に対する信頼関係はゼロに近かった、しかし、僕と、もうひとりの助監督以外はフジテレビの社員なので、やるしかない状況であったし、又、勉さんの人間性に若干問題はあったが、「さよなら李香蘭」という題材、長期の中国ロケという仕事は魅力的ではあった。

制作費は8億と言われていた、確かに当時でもスゴイ制作費だったがバブルの頃だ、8億なんて、へーぐらいの感覚だった。

 

 パソコンなど普及していない時代である、ちょっとした事もネットで調べる事なんて出来ない、調べ物は図書館や古書店などだ、サード助監督の調べる事は本当に多かったが、こういう歴史ものは、楽しくて仕方が無かった。

 が、詳しい状況は記憶にないが、中国側の撮影許可が下りないという事で、撮影は中止となってしまった。

 残念だったが仕方が無い、撮影が中止になる事は初めてではない、様々な事情がある、そんな事もあるのだ。

 それから、どうしていたのか、これも記憶にないが、しばらくして、フジテレビの局制作ではなく、制作会社が入り、再び「さよなら李香蘭」が作られる事になり、もう一度、スタッフとして呼ばれる事になった、1988年の夏ぐらいの話だ。

 監督は藤田明二さん、以前にも2時間ドラマの助監督として付いていた事もあり、楽しい仕事になりそうだった、この時点では中国側の製作協力も決まっていたので、準備にも拍車がかかる。

 {書き忘れていたが、和田勉さんは新しいプロデューサーとの話し合いで、監督を降板した、しかし、一番やりたかった映画「ハリマオ」が監督出来て、結果的には良かったのだと思う。}

 前回は純粋なサード助監督であったが、今度は7人いる助監督の4番目であった、仕事内容はサード助監督そのままだったが、7人の助監督は異常といっていいほどの大作という事だ。

中国CCTVの任さんとの制作に関わる質疑応答のメモがある、慣れない海外制作の様子がうかがわれる。

 

助監督にとっても、これほどの大作はそうそう経験できるものではないので、力が入る、監督の藤田さんも、なんでも話は聞いてくれる方なので、調べた史実を話し合ったりした。

そんな事で、台本に厳しいチェックが入ったりした、いいものを作りたいのは演出部の本能だ。

前半部分のダメ出しリストがないが、かなり厳しい目で見ていたと思う。

 また、まだ、当時の事を知る人もご存命であったので、ウラのとれる所にはとるようにした。

 

当時のスケジュールを見ると、1989年2月10日にゼネラルプロデユーサーだった横沢さんが、契約のため北京に行き、翌日にはロケハン隊が北京に行っている。

ロケハンの注意事項も今では考えられないけど、・・・

 サード助監督の調べ物は、主に、小道具や持ち道具をはじめとした美術的な事が多い、

 物語の舞台は1930年代から終戦までの日本と中国だ、当時はどんな生活をしていたのか、脚本に従って、新聞、雑誌、書物の中から探っていく、今回は中国側の協力もあるので、日本で判らない事は、中国に聞いたり、作ったりして貰える事になっていた。

 準備期間中に調べた資料は{さよなら李香蘭・テキスト}として印刷した、内容は年代べつに、世間の出来事と李香蘭の状況を対比した年表であったり、李香蘭の出演映画リストと、当時の映画雑誌に載った批評、歌の歌詞などなどだ、

 メインスタッフが中国ロケハンから戻ると、だんだん忙しくなってきた。

 衣裳合わせもあるし、日本国内のロケハンもある、細かなオーディションもあった。主演の沢口靖子ちゃんの歌のレッスン、踊りのレッスン、中国語のレッスン等々、そんな事も書き出せばキリが無い。

 フジテレビの開局30周年の番組なので、次々と豪華なキャスティングが決まっていくのが楽しかった。

                            つづく。