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昔の事・今の事

基本noteと言うサイトや、他にキマグレに作ったブログからの転送で、加筆・訂正ありです。https://note.mu/zhou

「北の国から’89帰郷」の事1.

 

どういう経緯で「北の国から」の助監督として呼ばれたのか記憶に無い。

思い返し、調べて見ると1987年はTBSで 「忠臣蔵女たち・愛」という作品に関わっていて、その作品が終ったあと、誰かの紹介でフジテレビ「立体ドラマ5時間『1987年の大晦日』」という12月31日に放送されるドラマの助監督に入っていた。この作品が初のフジテレビの仕事だったような気がする。

12月31日といえばNHKの紅白歌合戦の裏番組で『1987年の大晦日』は惨敗だったと思うけど、まあ仕事ぶりはそんなに悪く無かったのだろう、そのあとすぐに同じフジテレビで「さよなら李香蘭」というドラマの助監督に 誘われて準備をしていたのだが、大規模な中国ロケが予定されてにも関わらず、中国側との契約がまとまらず、一旦中断となってしまった。

そこで、たまたま準備に入っていた「北の国から’89帰郷」に招き入れられたのだと思う、こんな有名な作品にベストなタイミングで出会う事が出来て幸いだったというしかない。

仕事はサード助監督であったが、その下にフジテレビの新入社員が2人ぐらい見習い的な感じでついていたような? 28年前の記憶はあてにならないけど、1988年というバブル真っ最中のドラマ制作は、結構豪華だったのがスケジュールを見ただけで思い起こされます。

残念ながら、もっとあったはずの資料が探し出せないのが残念、捨てたんだと思う。30年近く前の事なんだから当然と言えば当然。

この撮影の時、初めて携帯電話を見た、でっかい国語辞典ぐらいの大きさで製作部さんが肩から掛けていたのを思い出す、この携帯電話は雪の富良野でとても役に立った。

今では想像も出来ないが、パソコンが無かった。厳密にいえば、パソコンはあったがウインドウズも無い時代、当然ネットにはつながっていない、インターネットなんて誰も知らなかった。

PCにワープロソフトをインストールして使っていた。

 

今持ってるスケジュールを、ありったけ載せておきます。

スケジュールだけでは無意味でしょうけど、台本を載せる訳にはいかないので、出版されている台本と照らし合わせながらだと、たのしいかもしれません。・・・

都内ロケのスケジュールが無いのが残念!!!

 

最初は1988年の事。10月初旬からリハーサル開始で10月10日から撮影という事は、遅くても7月の始めから準備を始めていたと思う。

撮影初日からかなりのハードスケジュールだと思う、4:45分出発という事は蛍ちゃんのメイク時間を考えても3時半起床、4時メイク開始だろう。

6時半に朝食時間が取られているのがせめてもの救い。

それでも最後の撮影が21:45開始で、備考欄にレールと書かれている事を考えると、撮影が終って撤収してホテルに戻るのは早くても24時過ぎ、これは起床時間を考えると、かなり過酷なロケだと思う。

それでいて、翌日は5:10ホテル発だ。演出部(助監督)はどんなに遅くても俳優さんがメイク室に入る30分前には起きて準備しなくてはいけない、北の国からの場合は、衣裳も着てのホテル出発なので、おそらく4時起きだったと思う。

この作品は、実際に走る列車を使ったりしているので、その時間を逃すわけには行かない、同じシーンを、毎日同じ時間に撮影する、5:20入線、6:02発車だけど、いちおうスケジュール上は2日で撮る事になっていたけど、天気まで同じとは限らない、という事で、なんか天気の都合で5日ぐらい撮影にかかった記憶がある。

以上、秋編。

かなりリハーサルをやったのでスタッフのスタンバイは早かったと思う、リハーサルを見ていたスタッフ全員がそうだったと思うけど、監督が力を入れて念入りにリハーサルにリハーサルを重ねて作り上げた場面は鳥肌が立つようだった。

スタッフ全員がその場面の撮影を楽しみにしていたと思う、早くその場面が見たい、そんな思い出撮影をしていた。