昔の事・今の事

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PIZZICATO Vの事(1985)

 

代官山あたりのオシャレなオフィスに呼ばれて行ったのは、調べてみたら1985年の事だ。

そこに誰がいたのか、たぶん監督のTBくんか、美術のTDさんと一緒だったと思う、そこで1本のカセットテープを渡された、それはケースも本体も透明なカセットで、ピンクの文字で印刷されたシールが貼ってあり、「オードリィ・ヘプバーン・コンプレックス・試聴版」の文字があったと思う。

「オードリィ・ヘプバーン・コンプレックス」はピチカート・ファイヴのデビュー曲で、そのプローモションビデオを友人のTBくんが監督するという事で、なんらかのスタッフで参加していたのか、まったく記憶が飛んでいるが、代官山のオフィスに集められたのは、その打ち合わせだったと思う。

ピチカート・ファイヴのデビューは1984年で、まだ野宮真貴さんはメンバーでは無かった。

30年以上前の事で記憶は曖昧だ、断片的に思い出すのは撮影初日にピチカートのメンバーの誰かが遅刻してきた事、丸の内あたりで撮影した事……。

この時撮影したプローモーションビデオは今もYoutubeで見る事が出来る、今見ると古臭いし、ピチカート・ファイヴのテイストではない感じだが、これはデビュー曲であったし、予算だって無かったと思う、それでも1985年の東京が映っているし、この音楽はまったく古くなっていない。

「オードリィ・ヘプバーン・コンプレックス」はそのカセットでよく聴いたし、ピチカート・ファイヴという名前は僕の中で今まで消える事はなかった。

ただ正直に言えばメンバーが変わった事をすぐに知るほどのファンでは無かったし、解散したことさえ、かなり後で知ったのだがアルバムは何枚かもっていて、そのウチの2枚だけiPodに入れて中国に持って来ていた。

野宮真貴さんは僕よりも2つ若い、その年齢がいい、お会いした事などないけど、同じ時代を共有してきた感じがある。若い人にはわからないだろうけど、50代後半も悪くない。

♪恋に落ちるなんて、なんてことかしら♪と言う「オードリィ・ヘプバーン・コンプレックス」の中の歌詞は20代だった1985年から、50代になった2016年まで、心に響く歌詞だ、そんな事は30年前には考えられなかった。

50代になっても恋に落ちる事はあるのだ、いまパリでQuincados(50代の思春期)が流行なんて記事も出ている。

妄想の中で野宮さんと恋に落ちる、逃避行の場所はパリだ、モンパルナスの丘から俯瞰でパリを眺め、これからどうしようと悩むが、そこには大きな空が広がっていて、そんな事どうでもよくなる、パリにいると50代の恋なんて当たり前に思える。赤い口紅に違和感は無い。

と、今暮らしている中国の街中で頭を抱える、パリとは370度ぐらいの違いがある、ここでは赤い口紅が出てくる余地は無さそうだ。